各地区をクリックしていただくと、発掘調査の様子や成果をご覧いただけます。
織田信長公居館居館の解明のため、これまでに3回(昭和59年~)の調査を行っています。
その結果、織田信長公居館は岐阜公園の広範囲に及んでいること、その下層には斎藤氏の館も存在したことがわかりました。 考えられる信長公居館の構造案としては、槻谷(けやきだに)と呼ばれる谷の奥に中心施設が存在し、その周辺の複数の平坦地に建物群が立ち並んでいたと考えられます。 現在、 平成19年(2007年)より、4次調査として、 信長公居館の全体像を確認するために、新たに発掘調査を行っています。 このサイトでは、平成21年度以降に行った、発掘調査について、岐阜市教育委員会社会教育課の調査結果資料と、岐阜女子大学 文化創造学部が記録した、パノラマ画像をご覧いただけます。